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福島地方裁判所相馬支部 昭和51年(ワ)14号 判決 1977年3月29日

主文

1  被告は原告文子に対し金八三九万八〇〇〇円、その余の原告らに対し金一五〇〇万円、及びこれらにつき昭和五一年一月二九日から各完済まで年五%の金銭の支払をせよ。

2  原告らその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

4  右1項は、仮に執行しうる。

事実

一  申立

原告ら…被告は原告文子に一〇〇〇万円、その余の原告らに一五〇〇万円、及びこれらにつき昭和五一年一月二九日から各完済まで年五%の金銭の支払をせよ。仮執行の宣言。

被告…請求棄却。請求認容のときは仮執行免脱宣言。

二  請求原因(原告ら)

1  事故の発生

佐藤光久は昭和五一年一月二八日午後二時二〇分頃、相馬市初野字旗頭二付近林道において、原木をトラツクに積載する作業に従事中被災し、急性心停止により即死した。

事故の態様は、別紙「原告の主張一」のとおりである。

2  被告の責任…別紙「原告の主張二」のとおり。

3  原告らの損害…光久の賠償請求権は、妻である原告文子(三分の一)。子であるその余の原告ら(各九分の二)が相続承継したので、本件において内金請求をする。

(一)  葬儀費 五〇万円

(二)  逸失利益二五五四万七九五六円…光久(死亡時四〇歳)は農業経営者であつたが、農閑期は被告会社に勤務していたので、その収入は昭和四九年賃金センサスによるのが適当(一巻一表学歴計四〇―四四歳男子、年額二四九万九八〇〇円)。生活費三〇%、可働年限六七歳までの中間利息控除はライプニツツ式による。

(三)  慰藉料 一〇〇〇万円

(四)  弁護士費用 二五〇万円

三  請求原因の認否(被告)

1  事故の態様を争う(別紙「被告の主張」のとおり)。その余は認める。

2  (1) 運行供用者責任について…被告がトラツクの保有者であることは認める。

(2) 使用者責任について…被告が高山貞弘の使用者であることは認めるが、その余を争う(とりわけ貞弘に過失なきことについて、別紙「被告の主張」参照)。

(3) 債務不履行責任について…被告が光久と雇傭契約を結んでいたことは認めるが、その余を争う。

3  全部争う。

四  抗弁(被告)

1  仮に被告に責任ありとするなら、別紙「被告の主張」のとおり過失相殺を主張する。

2  原告文子は本件事故につき、労災保険より慰藉料・葬祭料・年金合計一六一万八〇二五円の給付を受けた。

五  抗弁の認否(原告ら)…争う(2の労災保険給付を受けたことは認めるが、これは遺族に対する生活補償で損害賠償とは異質のものであるから、被告の賠償額から控除すべきでない)。

六  証拠〔略〕

理由

一  被告の責任

1  原告ら主張の日時場所において原木をトラツクに積載する作業に従事中、佐藤光久が転落した原木によつて圧死させられたことは、当事者間に争ない(但し、光久がどのような状況で原木の下敷になつたのかについては、原被告双方の主張はかなり喰違つている。この点に関する証拠としては証人高山貞弘の供述および同人の供述調書(乙八号証)があるが(乙一・四号証すなわち災害調査復命書・実況見分調書は、詰まるところ右証人の供述に依拠するものにすぎず、独自の証拠価値には乏しい、これのみで災害の発生経過を確定することには危惧を感ぜざるを得ない)。

2  このようにトラツクを停止させて積降し中に荷崩れ落下があり人が死傷したときは、自賠法にいう運行(すなわち自動車を当該装置の用い方に従い用いること)による事故と認めるのが相当と考える。何故なら、トラツクにとつては積荷を運搬することこそが本来の用い方に他ならず、従つて積降し行為はトラツクを用いるにつき必要不可欠の行為だからである。のみならず、本件事故の際はたまたまトラツクのエンジンは停止中であつたが、それは決して終局的なものでなく、機能的には直ちに走行状態に復しえたのであるし、運転者も短時間後に再び発進する意図であつたのである(貞弘証人の供述)。してみれば、この時点での人身事故についても自賠法を適用するのが、自動車を危険物と捉え被害者保護を徹底した同法の目的に合致するといえよう。

そして被告が本件トラツクの保有者であることは争いないのであるから、被告は運行供用者責任を負担すべきである。

3  なお被告は過失相殺を主張するが、既述(1)のように光久の挙動を解明するに足る資料はない(乙七号証(捜査復命書)には光久が地面に居た(原告ら主張)との推定は不自然との記載があるが、論拠は不詳である)。

よつて、本件につき過失相殺を考慮することは差控えることとする(実質的に考えても、職場内で従業員が被災し使用者が賠償責任を負担すべき事案にあつては、安易に過失相殺を認めないことが健全な市民感情に副うと信ずる)。

二  原告らの損害……光久の相続人は、甲四号証(戸籍謄本)によつて、妻の原告文子、および子たるその余の原告三名であることが明白である。

1  葬儀費 四〇万円が相当。

2  逸失利益 二〇四五万円

乙三号証(所得税源泉徴収簿)をみると光久は、年間を通じ被告方で月平均二二日稼働し、昭和五〇年中に合計九五万六〇〇〇円の給与の支給を受けたことが明らかである(千円未満切捨)。

半面、証人佐藤安久の供述によると、光久は田一一〇アール・畑一六アールを所有しており妻と母の手伝を得ながらこれを耕作していたと認められるが、その寄与率は、前述の被告方における稼働日数と対照すると、六〇%程度に留まると判断する他あるまい。そして右農業による純益は、相馬市農業委員会の調査結果によれば、年間一三〇万五七三九円と推算されるというのである(畑は全部タバコを栽培したものとして計算。なお佐藤証人はより多額の供述をしているが、これは必要経費を含む数字と解される)。よつて、光久の寄与分を換算すると、七八万三〇〇〇円となる(千円未満切捨)。

光久は死亡時四〇歳であつたから(前出戸籍謄本)、向後二七年間は労働可能であつたと考えてよい。してみると同人の逸失利益は、左のとおり算出される(生活費は三〇%、中間利息は死亡時の年齢を考慮しホフマン式により控除することとした。千円未満切捨)。

(956,000+783,000)×0.7×16.80=20,450,640

3  慰藉料……八〇〇万円が相当。

4  相続承継および保険填補……以上1ないし3の合計は二八八五万円となるので、その三分の一すなわち九六一万六〇〇〇円を妻たる原告文子が、三分の二すなわち一九二三万三〇〇〇円を子たるその余の原告らが相続承継したことになる(いずれも千円未満切捨)。

ところで、光久の死亡により妻の原告文子が労災保険給付一六一万八〇二五円を受給したことは、当事者間に争ないのであるが、このように使用者が自己の従業員に対し自賠法による賠償責任を負担する反面、同事故について労災法による保険給付がなされるときには、労基法八四条一・二項の規定からみて、給付の限度で賠償責任を免れることは疑がない(これは、使用者以外の第三者が労災給付の効果を援用しうるか否かとは、別個の問題である)。よつて、前記一六一万八〇〇〇円(千円未満切捨)は、原告文子の債権額から控除しなければならない(なお最判昭和五〇年一〇月二四日民集二九巻九号一三七九頁は、将来支給さるべき年金額についても控除を認める趣旨と解されるが、本件においてはその旨の主張はなされていない)。

5  弁護士費用一三六万円……右金額(原告文子が七九九万八〇〇〇円、その余の原告ら一九二三万三〇〇〇円)の約五%(原告文子につき四〇万円、その余の原告らにつき九六万円)が相当。

三  よつて、原告文子の請求は主文1項の限度で、その余の原告らの請求は全部、理由がある。そこで、民訴法八九条・九二条・一九六条(仮執行免脱は相当でないから宣言しない。)に従い、主文のとおり判決する。

〔別紙〕 原告の主張

一 事故の態様

(1) 被害者訴外佐藤光久と訴外高山貞弘はいずれも被告会社の従業員で、当日、前記場所において訴外高山貞弘が作業責任者となり、伐採した被告会社所有の原木を林道に停車させた会社の普通貨物自動車(ダイナ3トン車)に運搬のため積載する作業に従事中であつた。

(2) 訴外高山貞弘は運搬用の貨物自動車に積載運搬するため貨物自動車の運転を中止し、つづいてフオークリフトを運転して丸太二八本(長さ三米乃至四米)を右貨物自動車の荷台に積載し、最後に長さ六・一五米の長大な丸太二本を積みこんだが、その際、直前に積載した原木丸太中に元口直径五四糎にも及ぶ根張り丸太があり、その上に長大な二本の丸太を積載することは積載の安定を欠き危険であるから丸太が転落しない位置に安定したことを確認した上フオークリフトの爪を引きぬき後退しなければならぬ業務上の注意義務があるのにこれを確認せず、漫然根張り丸太の上に二本の丸太を置いたままリフトの爪をぬき後退した過失により丸太を荷台上より転落させ、折から丸太を安定させようとして荷台に近付いた被害者佐藤光久をその転落した丸太の下敷きとし、同人を死亡させたものである。

二 帰責事由

(1) (主位的主張)自動車損害賠償補償法第三条 運行供用者責任

被告会社は前記貨物自動車(ダイナ3トン車)及びフオークリフトを自己の業務のため運行の用に供するものであるが、製材業を営む被告会社は、その保有するフオークリフトと貨物自動車とを使用して製材用原木を製材所まで運搬する作業を執行中、フオークリフトによる貨物自動車荷台への原木積載位置及び状態についての安全確保義務の懈怠により、原木を転落させ被害者佐藤光久を圧死させたものであるが、右木材の積載および運搬の作業はフオークリフトと貨物自動車との両者の機能が相まつて始めて行われるものであり、貨物自動車は積荷の積載がその本来の機能の一つであるから、リフトによる貨物自動車の荷台への積載作業中に行われた本件事故は、フオークの運転者が積載作業終了後ひきつづき貨物自動車を運転し積載運搬という一連の作業を行うものであつた点を考慮すると、このような作業中に発生した本件事故は自賠法第三条にいわゆる「その運行によつて」生じたものと解すべきである。(大阪高裁昭四八・三・一四判決判例時報七一五号六二頁)

(2) (予備的主張)その一、不法行為責任 民法第七一五条

訴外高山貞弘は被告会社の被用者であり、且つ前記フオークリフト運転の業務に従事しているものであるが、前記事故の際フオークリフトを運転して原木の積載作業をなす場合、トラツク荷台を超過する長さの原木を積載するにあたつては、原木を運転席後部のアングル上に安全な位置と状態で積みおろし、安定したことを確認してリフトの爪を抜きとつて後退しなければならぬ業務上の注意義務があるのに、荷台を二米以上も超過する長大な原木二本を積載するにあたり右の注意義務を怠り、著しく不安定な根張り丸太の上に二本の原木をおいたまま、漫然後退した過失により根張り丸太の根の上に不安定におかれた一本の原木を転落させ、不安定な原木を安定させようと貨物自動車の荷台に近付いた被害者佐藤光久を転落した原木によつて圧死させたものであるから被告会社には民法第七一五条の責任がある。

(3) (予備的主張)その二、債務不履行の責任 民法第四一五条

被告会社と訴外佐藤光久は雇用関係に基き労働契約を締結しているものであるから、使用者としての被告会社は被用者としての訴外佐藤光久の就労の安全につき完全な措置を講じ就労中の災害の発生を未然に防止すべき責務があるが、被用者佐藤光久が被告会社の業務である原木の積込み運搬作業に従事中これに起因する事故により死亡したものであるから、特段の事情がない限り被告会社は労働契約上の安全確保義務の不履行により被用者佐藤光久の蒙つた損害を賠償する責任がある。

被告の主張

訴外高山貞弘は昭和五一年一月二八日午後二時二〇分頃相馬市初野字萱倉地内林道上において、伐採した原木をブルドーザー(ホークリフト)の前部に装着した二本の鉄製のツメの上に乗せてトラツクの荷台に積み込み作業中、第五回目の積み込みを終つて原木からツメをはずして後退したところ、訴外佐藤光久は原木にロープをかけて固定する(ガツチヤをかける)ために積み込んだ原木の上に上つた。高山貞弘はブルドーザーで積み込んだ原木が安定していたため、そのままブルドーザーを後退運転していた際ふと前方を見ると訴外佐藤光久が原木を抱いたままトラツク荷台上より仰向けに転落して、その原木が同人の胸部に落下したのを発見した。

しかし、高山貞弘がブルドーザーで原木を積み込み同車の二本のツメをはずした際には原木は極めて安定した状態にあつたためそのままブルドーザーを後退させたのである。又佐藤光久も原木が安定しているのを確認したからこそガツチヤをかけるために原木の上に登つたのである。

その後佐藤光久が原木上より落下したのは同人の何等かの過失によるものであり、高山貞弘には何らの過失はない。

原告は、訴外佐藤光久がトラツク荷台上で原木積み込みの補助作業をしていた旨主張するが、同人は訴外高山貞弘がブルドーザーで原木をトラツクに積み込む都度トラツクの荷台に上つて原木を整理安定させ、五度目の積み込みの際にも高山貞弘がブルドーザーで原木を積み込む際にはトラツクの下で作業を見守つており、積み込み作業が終つてからトラツク荷台上の原木の上に登つたのである。

又原告はブルドーザーのツメが原木にひつかけたまま後退したため原木が落下した旨主張するが、もし仮に原告主張のとおりであれば、原木はすぐに落下したため訴外佐藤光久はトラツク荷台上に登らなかつたであろうから、本件事故は発生しなかつたはずである。

よつて、被告会社に過失があるとの原告の主張は失当である。

仮に被告会社にも何等かの過失があるとしても、本件事故の主たる原因は訴外佐藤光久にあるから被告の過失と比較すれば、原告に如何に有利にみても原告九に対し被告一と認定すべきである。

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